幸福ってなあに不幸ってなあに

  • 2015.12.07 Monday
  • 10:14
苦が少かったり多かったりすることではありません。
他人が決めることでもありません。
祈ったり拝んだりして、得られるものでも、なくなるものでもありません。

幸福も、不幸も、自分の生きている証であり、 自分だけの感情です。
貴方の人生経験を、そのまま他人に与えても、 その人が同じ幸福感(不幸感)を持つことはありません。
それを感じる条件は、自分に関わっているかどうかで大きく違います。

外国で飛行機が落ちたとします。
まず、日本人が乗っていなかったか?
次に知り合いが乗っていないか?
どちらもなければ、
「良かったな。」
ということになります。

でも、自分にとって大切な人が乗っていれば、
「何で私だけこんな目にあわなければならないんだ。」
と、なるでしょう。

でも、飛行機が落ちた時点で、搭乗者の家族は全て同じ目にあっていたのです。
自分にかかわりがなかっただけなのです。
それだけではなく、大切な人が落ちた飛行機に乗っていたという経験は共通しても、 それに対する苦しみの感情は、全ての人が違うものです。

「なんで私だけがこんな目に会わなければならない。」
ではなく、 私だからこんな目にあったのです。

幸福も不幸も、自分が感じる感情です。
自分が生きている証です。

他の人に与えられないし、自分が逃げることも出来ません。
他人にできるのは、形あるものだけです。
心の中までは手も足も出ません。
そう思ってほしいと願うことだけです。


逃げないで下さい。
溺れないで下さい。

それが貴方なのですから。



今年も変わらずに暮れようとしています。
去年と違うのは心の持ちようだけです。
 
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正義の味方に気をつけろ

  • 2015.10.17 Saturday
  • 20:16
あなたはいい加減な人とまじめな人とでは、どっちが好きですか。

もちろん時間にルーズな人や約束を守らない人ってサイテーですよね。
でも、真面目も度が過ぎるとたまりませんよね。
クソがつくほど真面目な人といっしょにいると疲れますよね。

サイテーとか、疲れるとかいうぐらいの相手なら被害もしれてますが、近づくこともキケンな奴もいますよね。
自分が正しいと信じきってる奴らのことです。

正しいヤツは正しくない相手を作りたがります。
正しいヤツは正しくない相手を格下と思いたがります。
正しヤツは正しくない相手に何をしても許されると思い込みます。
正しいヤツは正しくない相手から、自分がしたことと同じことをされたら、信じられないほどの攻撃をしてきます。
正しいヤツは正しくない相手がどんなに苦しんでも気になりません。

正しいヤツは話し合うことが大切だとか言いながら、自分の意見を相手に聞くことを強制してきます。
しかし正しくない相手の意見を聞くことはありません。
仮に聞いたとしてもそれは反論するための材料集めのためでしか聞いていません。

言い争いすることは、心がしんどいものですよね。
できればしたくないものです。
これ以上言ったら相手を傷つけてしまう。
正しくない相手が思いやりを持って言い合いをやめたとしても、正しいヤツには通用しません。
「勝った」
としか思いません。
正しいヤツは正しくない相手とは勝ち負けでしか関係をもてません。

でも、正しいヤツには反省に繋がる負けはないんですけどね。
正しいヤツは反省したがりません。
反省させようとしても、正しくない相手に対する恨みを蓄積するだけです。

正しいヤツは正しくない相手に対して鬼にでも悪魔にでもなれます。
全部自分の責任ではないんですから。
正義のせいにできるっていう錯覚におちいってますからね。
悪魔のような攻撃も、相手の為を思ってというひん曲がった愛情に置き換えて解決した気になれます。
正義は争いを止める方法にはなりません。
正しいヤツが行う悪魔の行為は、しがみついている正義によってゆるされていると信じています。

○○の為に
○○に入る言葉が美しければ美しいほど、正しいヤツは正しくな相手に対して残虐になれます。
そこには自分がいませんから。
人の為って書いて「偽り」っ読みます。

為と言いつつ、現実には言い訳の理由にしてるんですね。
その行為が、自分が信じている正義の信用性を貶めているなんてことは気にもしていません。

正しいヤツは主語がタイソウになっていきます。
一般、世間、国民、世界・・・地球や宇宙まで出てきます。
選ばれてもいないのに、代表者になってくれてます。
これって、主語が他人事になって自分が見えなくなってるだけなんですけどね。
なにせ正しい奴は、正義の奴隷になってしまってるんですもの。

正しいヤツにとってそれを正当化する正義は宝石なようなものです。
真実、信念、理念、地位、権威、象徴、世間体・・・
もっと具体的に書くと生々しくなりますわね。
宝石自体はなんの問題もないし、尊いものですわ。
どうにもならないのはその宝石に散りばめられた牢屋に入ってしまっているヤツの問題なんです。

その牢屋は正しいヤツにとって居心地の良い場所です。
牢屋の入り口は中からはいつでも開きます。
正しいヤツは牢屋の中からはいつでも出ることが出来ます。
でも、この牢屋は外からは開けることが出来ないんです。
牢屋から出るか出ないかの決定権は囚人側にあるんです。

外の人間は、中のヤツに声はかけることが出来ます。
でも、正しい宝石の牢屋の囚人は、それを聞こうとはしないんです。
なにせ正義に囲まれた牢屋の中では、自分は世界一正しくて尊い独裁者になったと勘違いし続けられますからね。

正しいヤツには近づかないことが一番いいです。
どうしても近づかなければならない時は、一対一にならないことがいいです。
話を聞いているだけで了承したことにされてしまいますし、下手をすれば自分が言ってたということにされて相手の言い訳に使われてしまう恐れもあります。
正しいヤツは正しくない相手に対して被害者ヅラしてますからね。
正しいヤツは、どんどん孤独に落ちていきます。

質の悪い正義の味方にならないように注意しましょう。
誰もわたしの気持ちをわかってくれないと思った時にはヤバいです。



花は花だけで存在してるわけじゃありません。
色んなモノが関わって存在してるんです。
 
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経験ってなあに

  • 2015.10.09 Friday
  • 20:58
先輩と呼ばれている方々は、 それなりの人生経験が豊富です。
 
そんな方の中で、 自分が経験したから他の者もしなければならないという論理で話される人がいます。
そんな方々が、他の人に 
 「何々しなければならない。」
と、命令する時の正当化する基準になるものが、 
「私は若い時にやらされた。だからおまえらもするべきだ。」 
 という事のようです。
 
つまりは自分の経験なんですね。
 
 経験は大切なものです。
そのこと自体は、なにも反論できません。 
 
 ただ、ちょっと考えてほしいことがあります。
 
その経験は、自分にとって楽しい思いでですか? 
もしくは、自分の人生にとって為になった経験ですか? 
あなたが若い時に、それを命令していた人がおられたと思いますが、 その人は、あなたにとって大切な(大好きな)人ですか? 
 
 これらの質問に全てYESなら良いんですけど、 
 もし、 
 思い出したくも無い。
 つらくてつらくて仕方が無かった。
 それを強制させていた人が嫌いであった。 
一つでも当てはまることはないですか。
 
その辛さは若い人に相続させないとダメなものなんですか。
何故に若い人に強制するのでしょう? 
 
それってお門違いの復讐でじゃないですか。 
 
あなたが若い時に、それをさせていた人が嫌いであったなら、 アナタが命令している人にとって、 あなたは嫌いな人です。 
当然ですよね。
 それは、それだけでは終りません。 
 その若い人が同じ立場になれば、 また、若い人に繰り返します。 
その若い人が、また次の人にもするでしょう。 
 
 その復讐の連鎖をどこで、止めますか? 
 
 経験は財産です。 
 自分にとってではなく、 相手にとって良いものは伝えなければなりません。 
悪いものは反面教師となります。 
 
でも、自分が見えなくなったら、攻撃の武器になってしまいます。
自分が正しいと思った時が一番危ないです。

正しい人は鬼にでも悪魔にでもなります。
自分を見つめて、自分の経験を武器にしないでください。


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プライドってなあに コンプレックスってなあに

  • 2015.06.21 Sunday
  • 13:40
「あのひとはプライド高い人だ」
とか
「プライドを傷つけられた」
とか、

プライドと言う言葉は
人間にとってなにか 大切なものの様に思われています。
しかし、実は、 プライドとコンプレックスは まるで同じものなのです。    

プライドもコンプレックスも、 自分と自分以外の者を比べることによって 生じる感情です。
他の人よりすぐれた能力を持ちたい。
自分は分別を持った知識人であると思われたい。
やさしい人間であると思われたい。

これらの思いは全て、 他の人の見る目を気にして生きている結果に 生まれてくる感情です。

人の見る目を気にして生きている人は、 自己を見失っています。
自分の主人公として生きる人生を放棄しているのです。

人生は短いものです。
その短い人生を、 他の人にどう思われるか などというくだらないことに 振り回されないでさい。
人に良く思われたいからとか、 悪く思われたくないとか  そんな人生は悲しすぎます。

人の心に左右されない 自己を取り戻して下さい。    

人生の基準は自己の心の中にあります。
あなたは自分一人で生きているんじゃない。
多くのものとかかわって、 生かされています。
他の人に埋没する自分ではなく。
人と共に生きている自分を見付けて下さい。    

いい事をしなければ人にみとめてもらえないとか、
これだけしなければあの人になにを言われるか分からないとか、
責任があるからしなくてはならないとか、
そんな生き方の基準は捨ててください。   


自分がしてあげたいからする。
喜んでいる姿が嬉しい。
素直に生きて下さい。

どんなにカッコイイ理由をつけようと、自分がされたら嫌なことを他人にやれば結果ははっきりします。
嫌いな人の真似をすれば、嫌われるのは当然の結果ですものね。


 
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話せばわかるの?

  • 2014.11.10 Monday
  • 22:40
話せばわかるって、実行して失敗したことないですか。


言葉ってのは情報を伝える手段です。
同じ日本語で話し合っても話が通じないことがありますよね。

そんな時に出てくる言葉が
「あいつの気持ちがわからん」
「やっぱりあいつは変わってる」
といった、排除の言葉ですね。

本当に話し合ったのでしょうか。
たしかに話はしたのかもしれません。
でも、話しただけで 「聞く」ということをしなかった場合が多いのではないでしょうか。

聞いてもわかりあう事は難しいのに、 聞くことも止めてしまえば、分かるはずはありません。
もちろん反論のために聞いているのでは「聞く」事にはなりません。


もちろん相手を年齢や態度、イデオロギーなんかでイメージを固めてしまえば、 相手の言葉は聞こえてきません。
 


相手にとっても話すという行為は、聞いてくれる人がいなければ成立しません。
 


相手を認める気がなく、ただ批判したがる奴は、相手の言葉を聞く耳なんか持ちません。

聞く耳のないやつの周りからは、その人の吐く言葉を聞く人もいなくなり、批判する人だけになってしまいます。
 


そこには聞く人がだれもいない、攻撃的な言葉のやりとりだけが虚しく続くだけです。
 


勝ち負けでしか相手を判断できない人は、ここに陥りやすいです。
 


そんな人とは話をしても時間の無駄ですね。




いくら同じ原語をしゃべっても、相手が聞いてくれなければ あとは沈黙するしか方法はありませんものね。


犬族と猫族が仲が悪くても、

犬と猫まで喧嘩する義務はないですね。

 

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自分を欺くの?

  • 2014.10.05 Sunday
  • 09:12
「欺く」


って字は 


「それを欠く」


って書きます。
 




 つまり本当は有るものを無い事にしてしまうって事です。
  これを自分にしてしまえば苦しむのは自分です。




 自分が助かったのに、それを無い事にしてしまえば 出てくる言葉は 


「ありがとう」


ではなく 


「あたりまえや」


「自分でするつもりやったのに」 


 みたいな言葉になってしまいます。
 


 自分が悪かったのに、それを無い事にしてしまえば 出てくる言葉は 


「ごめんなさい」


ではなく 


「悪気はなかったんや」


「良かれと思ったんや」  


「みんながやってることや」


 みたいな言葉になってしまいます。 
 




 でも、それで満足させることが出来るのは それを無いものとした自分自身だけなんですね。


 欺いたのは自分の心だけです。


その場逃れを繰り返せば、あなたの周りからは間違いなく人の心が離れていきます。


 どんなにうまく欺いたつもりでも 傷は相手にも自分自身にも残ります。
 


 自分自身を欺き続ければ 自分が立ってる場所がなくなります。
他のせいにして欺こうとしても、誰も聞いてくれなくなります。


 失ったものを取り返すのは難しいです。

あなたが思うほど、相手は欺かれてはいません。


どんなに欺いても、欺けない相手がいますよ。
自分の中に。
 
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「あなたの為」って誰のタメ

  • 2014.07.17 Thursday
  • 01:10
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よく聞かれる言葉ですよね。

「あなたの為を思って」
これって本当に相手の為なんでしょうか。

ひとつ例を挙げてみます。

あなたと、あなたにとって大切な関係のある幼い子供、二人だけでいたとします。
あなたの前には鉄パイプが一本落ちています。
そこにボブ、サップのような体格の怪物が、 頭に二本ロウソクを立て、 両手に出刃包丁を握りしめ、 裸で、ヒッヒッヒッっと笑いながら寄って来たとします。
ターゲットはあなたではありません。

子供です。

逃げようとしても子供が座り込んで泣き叫び出してしまいました。
あなたは敵わないまでも、必死になって鉄パイプを振り回して追い払おうとしませんか。
それは誰の為の必死の行動でしょうか。
子供の為なんですか。

もしも守りきれずに、その怪物があなたの大切な子供を殺してしまったとします。
その人間は監獄に入りました。
後悔するのは怪物ですか。
それとも死んだ子供ですか。
後悔するのはあなたではないですか。

怪物が殺すことをあきらめて、子供がなんとか助かったとします。
子供が助かった喜びは子供のものですか。
怪物のものですか。
その喜びと安心はあなたのものではないですか。

自分が助けたいと思ったから行動したのではないですか。
あなたのしたかった事が、子供の利益と一致しただけではないですか。


人の為って書いて「偽り」って字になります。
誰に偽っているかといいますと自分です。
自分の利益が他人の利益と一致する「あなたの為」なら 自分を隠しているだけですむかも知れません。

でも、 自分の利益が他人の害になる「あなたの為」は 自分を孤独に追い込んでいくだけです。
自分の為なんです。


自分の人生の主人公は自分です。
主人公を他人に明け渡す必要なんてないです。
全部自分のためなんです。

煩悩ってなあに

  • 2014.05.25 Sunday
  • 00:28
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学校のいじめでも、僕は悪い事をしていると自覚して、 いじめをしている子供がいるでしょうか?

いじめが発覚し、いじめっ子を糾弾してみても、出てくる言葉は、

「遊んでいるつもりだった。」
「みんながやってたから。」
「悪ぎはなかったんだ。」

このような言葉が出てきます。

犯罪を犯す人でも、

「借金だらけになって。」
「世間が悪いんだ。」
「人にそそのかされて。」
「あいつが悪いんだ。」

自分を正当化する言葉が出てきます。

人は心の中に「ものさし」を持っています。
自分を正当化するものさしです。
その「ものさし」は自分にしか通用しないものです。

煩悩とは、自分にしか通用しない、 自分を正当化する全ての「ものさし」のことです。
それは、どんなにきれいな名前が付いていてもです。
それはたとえば、正義、真実、倫理、道徳、思想、宗教、、、
こんな名前が付いています。

人はそれによって見えなくなるものがあります。
それは自分です。
自分が見えなくなった人は、自分がされたら嫌な事を 平気で他人にするようになります。

あなたは嫌いな人がいるでしょう?
あなたがその人の同じまねをすれば、あなたも同じです。
されている人にとって見れば、あなたは嫌いな人です。

煩悩はなくなりません。
でもそれに溺れていることに気づくことはできます。 方
法はただひとつです。
人は、学べば学ぶほど、 地位が高くなればなるほど、 歳をとればとるほど、「ものさし」に溺れ、 出てこなくなる言葉があります。
それは、
「ありがとう」

「ごめんなさい」
です。

いじめが発覚しても、いじめている子が いくら自分の「ものさし」を披露しても、何の解決にもなりません。
いじめっ子の「ものさし」はいじめられていた子には通用しないものです。

頭がさがって見えるもの、それは自分です。
自分が見えれば、人とのかかわりも見えてきます。
煩悩がそれを見えなくさせるのです。
それに気づかない限り、なにも変わりません。


自分の心をごまかし続ければ、孤独感を増すばかりです。

デュルケムの言葉

  • 2014.05.20 Tuesday
  • 00:28
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集合的秩序を各個人に課するためにはある権威が必要だ



自殺論の著者です。

経済や知識がどん底のときに自殺や犯罪が増えるのは想像がつきますが、 経済や知識が最高潮になったときにも、それは起こります。
デュルケムはその理解できない自殺を社会学の立場で解説しています。

「生活が苦しいから自殺するのではない、 仲間意識が崩壊するから自殺するのである」

生活水準が変われば、昔に同じ水準であった人からは、 仲間はずれにされますし、
上り詰めたはずである同じ水準の人からも、 新参者であるとして、仲間はずれになります。

そうなれば上り詰めるために行った努力も、それまでの生き方そのものも否定されます。
自己の崩壊ですね。
自分を失えば、自殺や犯罪にはしると言う事らしいです。
それを防ぐものは権威であるというのがデュルケムの考えです。

それは権力者という意味ではありません。
尊敬からおこる権威です。

たとえば子供にとって親は権威です。
親が権力を行使すれば権威はなくなります。
親としての責任を放棄すれば、やはり権威はなくなります。

その権威によって、 子供は本能のままに行動する事を止めます。

社会的立場や法律などによっての抑えは限界があります。
独裁力によって抑えられるというのも間違いです。
それは独裁者を困らせる、自己表現のための本能むき出しの行動を生み出すだけです。

尊敬される権威によって自殺や犯罪は抑えられているのであるという事です。
権威は守ってくれる存在であり、注意してくれる存在です。

社会が全て敵になっても、それでも守ってくれ、注意してくれるもの。
つまり自己を認めてくれるもの。
それが尊敬される権威です。

これによって社会性(人とのかかわり)が生まれてくるというのがデュルケムの考えです。
権威は独裁力のことではありません。

社会性って押し付けられるものじゃないですよね。


どうでしょうか?

 

孤独ってなあに

  • 2014.05.16 Friday
  • 21:29
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独りぼっちのことです。

でも、間違えないで下さい。
独りぼっちと、一人暮らしとはまるでちがいます。
まわりに多くの知り合いがいても孤独な人もいます。
また、逆に一人暮らしをしている人でも 家族や仲間が多くいる人もいます。     

孤独とは、人間の感情です。
あなたがあなたのかかわる人に不信感をいだいた時、 それを感じます。
あなたの思いと違った人間を見付けた時に、 それは起こるのです。     

あなたは、一人で生きているのでしょうか。
また、あなたの生き方が、そのまま
まわりの人の生き方でしょうか。
なによりも、あなたの正義がそのまま、 まわりの人に通用するでしょうか。

この世の中にあなたとおなじ人はいないのです。     
孤独とは、自分だけの生き方、 考え方、もしくは正義、 論理、倫理という牢屋に とじこめられた人です。
その牢屋を開ける鍵はあなたの心の中にあります。
でも、その牢屋はとても居心地がいいので
あなたは牢屋に入っていることも気付いては いないでしょう。
そんな人を独裁者と言うのです。    

あなたと同じ考え方、生き方の人はこの世に一人もいません。
でも、違った人が 違ったまま共に生きるのがこの世界なのです。
違ったことを許しあい、 尊敬しあうのが仲間です。     

孤独とは、 自分の思いを他の人に押しつけようとして 失敗したときに起こる感情です。 
自分が独裁者であることに気付いて下さい。

バラバラでも一緒なんです。
 

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