人口論

  • 2019.02.10 Sunday
  • 00:52

世界の人口が100億人を突破するのは2050年ぐらいとのこと。

そうなれば世界の人間全員の生活環境が守られるかは不透明なんて意見があるそうな。

 

そうかと思えば、戦争や大きな自然災害によって人口が減少するから、人口密度は危機的な状態にはならないなんて意見もチラホラ。

 

イギリスの経済学者のトマス・ロバート・マルサスさんが人口論を書いたのは18世紀の1766年。

 

18世紀ヨーロッパは農業革命で人口がメチャメチャ増えて、産業革命で生産力が爆発的になって、植民地政策で世界を侵略しまくった時代です。

 

そんな時期に書かれた人口論。

 

人口を維持するためには生活資源が必要とのこと。

つまりは食料ですね。

これがないと生きることも出来ません。

 

太古の国家は食料を維持してくれるところに人が集まり、国か大きくなっていきました。

みんなが豊かに暮らせれれば問題も起こりにくいです。

でも、バランスが崩れたときに問題が起こります。

 

とくに農業で国が成り立っている時代は、天災によって穫れ高が落ち込む年もあります。

そのときに国家権力者がどう動くかで、国は簡単に滅びました。

権力者が富を独り占めにすれば、国は成り立たなくなり政治にはワイロが広がり民衆が弾圧され、食糧生産もますます下がっていきます。

食料が不足して一握りの権力者の富を維持するために、多くの民衆に貧困が広がります。

そうなれば食料を与えてくれる新しい代表を求めてクーデターが起こります。

 

思想や信念は後付け理由みたいなものです。

 

人口論では、貧困は人口増加と生活物資の増加に不均衡が起こり発生する。それによって犯罪も起こりやすくなると、のたまわく。

しかもそれは自然に起こることであり、止めるすべはないみたいなことを、のたまわく。

 

人口密度は生活物資の量に比例する。

でも、人口増加に食物生産が追いつかなければ、貧困と犯罪が増える。

 

こっからが排他的です。

生活物資と人口のバランスを保つのは自然災害や戦争もしくは飢餓から起こる伝染病などでコントロールされると、のたまわく。

つまり、多くの人が死ぬことで過剰人口はコントロールされるってんですね。

排他的論理は他人を排斥する。仲間でない者を退ける論理です。

 

何故に排他的かといえば、この手の論理にはたいてい自分にとって大切な人の命が入ってないんですね。

 

自分以外のものを排除するときは自分を正しい存在とし、正しくないものの上に立つ存在にならないと精神的に持ちません。

そうなることで、正しくないものを排除することに罪の意識を持たなくなります。

そうなってはじめて、命を数だけで勘定し排除することができます。

話がでかくなるほど、命の大切さがわかりにくくなります。

 

自分にとって大切な人の命を排除する側に入れられますか。

わたしは自分にとって大切な人を過剰人口の一人として考えられません。

 

世界平和を目指す人は、まず家庭平和を目指してください。

 

太陽は人を選ばずに照らしてくれます。

 

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