神ってなあに2

  • 2017.09.19 Tuesday
  • 15:36

春秋戦国時代

人を人とも思わず、騙し、裏切り、戦いあい、覇権を争った時代。

そんなときに、人と人との付き合い、主君と部下、主国と属国、人間関係のルール作りを考え、正常な平和を求めようとして儒教のような考え方が生まれたのは正常な願いですね。

 

 

インドの雨季と乾季がはっきりした、今日話しをしていた隣の人が次の日に病気にかかって死んだり、さっき遊んでいた人がトラやコブラにやられて死んでしまう。

生まれてきても、その命があっけなくなくなってしまうことが日常の風景である、過酷な自然環境。

そんななかで生きるってどういうことだ。死んだらどうなるんだ。

生きる目的を求めて、仏教のような考え方が生まれたのも正常な願いですね。

 

 

日本のように温かい春があり、暑い夏があり、収穫の秋、凍える冬がある。

海に近づけば海の自然。

山に行けは山の自然。

谷が違うだけで冬の雪の降り方や、夏の太陽の当たり方が違う。

地域地域で自然環境がいくつもあるところでは、自然の予兆もいくつもあります。

八百万神が生まれるのも、正常な願いですね。

自然環境が豊富なところでは多神教は正常なことです。

 

 

シリア高原のど真ん中、砂漠と星しかない。

雨もないに等しく、部族同士の闘い略奪の生活。

砂漠が嵐で荒れ出せば身を守るものは全て吹き飛ばされる。

過酷な環境のなか、夜になれば見渡す限り毎日変わらない星空。

この世を作った神は一人しかいないと考えるのは正常な願いですね。

 

生活の中に教えは生まれます。

それは押し付けられるものではありません。

自分の人生の主人公は自分だけなのです。

教えは人の言葉として伝わってきます。

「信」

は人べんに言なんです。

神を信じてるのではなく、

あなたが信じた人の言葉

「神がいます」

という言葉を信じてるんです。

 

信じる前に疑ってください。

疑って、疑って、疑いきっても疑えない言葉を、自分の言葉としてください。

 

 

信じなさいという言葉が、疑うことをやめなさいという意味であるならば、自分の言葉にはなりませんし、疑えないそのものに、自分の人生の主人公を明け渡してしまうことでしょう。

 

 

 

あなたの人生の主人公はあなたなんです。

 

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