むざんやな甲の下のきりぎりす

  • 2016.11.06 Sunday
  • 00:05

 

加賀の地にある小さな古戦場跡

 

 

 

1183年、寿永二年。

平家軍と木曽義仲の軍が戦った倶利伽羅の戦いで、負けて逃げ出した平家軍がここで再び襲われたのです。

 

 

首洗池。

 

 

名の通り首を洗った池なのです。

洗われた首は老武者、斎藤実盛

若い者に憐れをかけられることを嫌い、白髪を黒髪に染めて老いを隠し、戦いに参加していました。

 

 

私の聞いている歴史・・・じゃないですね。

 

 

伝説はちょっと違うのです。

 

 

首を切ったのは手塚の太郎。

 

 

かなり気性の荒い手塚の太郎光盛。

その弟に手塚の次郎という方がおられました。

 

 

 

この方が、洗った首の黒髪が、白髪だらけになっていく様を見て、

 

 

「どうしてこんな年寄りがこの戦場で戦っていたのだ」

ということでめちゃめちゃショックを受けたそうです。

 

 

しかもそれが、総大将木曽義仲の幼少の頃の命の恩人、斎藤別当実盛の年老いた顔であったというお話。

 

 

ショックは計り知れないものであったということです。

 

 

 

むざんやな甲の下のきりぎりす

 

 

ショックの大きかった弟、手塚の次郎はすべてを捨てて仏門に入り、越前の山奥に庵を建てて隠居したそうです。

 

 

首を切った手塚の名前のついたここ、手塚山公園

 

丘の上には小さなお堂があります。

 

 

木曽義仲もこの後、同じ源一族に討ち取られてしまいます。

兄の太郎光盛は最後まで従い、同じ時に戦死したそうです。

 

 

空は歴史が物語になっても、変わらずに青いままです。

 

 

ことしも未来に向かって時が流れていきます。

 

 

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