光武帝の言葉

  • 2014.12.15 Monday
  • 11:58
紀元前5〜57 中国 後漢の始祖時代(こうぶてい)


人は足るを知らざるに苦しむ

すでに隴(国の名前)を平らぐれば また蜀(国の名前)を望む

ひとたび兵を発するたびに、 頭髪、ために白し






光武帝、
名前は劉秀(りゅうしゅう)といいます。

この人は本来皇帝になる人ではありませんでした。
おおざっばに説明すると、 巨君という、前漢末の政治家の私利私欲によって、 前漢が滅びて、 国民が苦しみ 多くのクーデターが起こりました。
でも、ホトンドのクーデターを起こしたグループは賊となってしまい、民衆から略奪を繰り返しました。
ところが、あくまでも賊であり烏合の衆であった 賊のなかの1つのグループが、 自分達をを正当化するために前漢の血脈をもつ 農業を勤しんでいた、劉秀を担ぎだしました。
結果、クーデターは成功し、その後、 他のクーデターを起こしたグループを沈静して、 劉秀は光武帝となったのです。

光武帝のグループだけが何故成功したかと言うと、 民衆と供に暮らしていた光武帝は、 乱れた政治や、軍隊の横暴によっての民衆の苦しみがよくわかりました。
光武帝の軍の規律は厳しく紳士的でした。
また、民衆は、 秩序をもたらしてくれる君主だけを期待しているのだと言うことも 理解していました。
なによりも、光武帝は 自分の心を客観的に見ることが出来る人でした。

乱がだいたい治まり、 隴の国の軍政も制圧し、 残すは蜀の国を制圧すれば平穏な世が戻るという時に、 前線の部将に送った手紙の中に 上の文が書かれていました。

「人の欲は、ものごっつう深いもんや。
隴の国をもろたばっかりやのに、 また、蜀の国まで、欲しなってしまうわ。
出兵させるたんびに、 白髪がぎょうさんになってまうやんけ」

光武帝の人柄が見えるような気がします。
光武帝は、天下を完全に平定しても、 人格を変えようとはしませんでした。

天下平定後、皇帝となり 故郷に里帰りした時、 子供の頃に世話になった 近所のオバチャンたちに囲まれてしまいました。
オバチャンたちが、
「いゃー、あんたみたいなおとなしい、 いつも1人で遊んでいたような子が 皇帝になるなんて、 オバチャンら、信じられへんワ」
「タイヘンやったんやろうね」
「あんた、エライ事してしもうたな」
「オバチャン、ビックリやで」
とイロイロと言われた時に、 光武帝は怒りもせずに、
「できる事をムリせんと、頑張っとったら 知らんうちに皇帝になってしもただけやで」
と答えたそうです。

自分の地位に溺れないって、スバラシイですね。


どんなにすごい地位についても、変わらないものは変わらないままですものね。

JUGEMテーマ:人間関係
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