クラウゼヴィッツの言葉

  • 2014.05.28 Wednesday
  • 09:16
JUGEMテーマ:世界平和


戦争は他の手段による政治の続投である 
 




クラウゼヴィッツって方はプロシアで1780に生まれた方で、 戦争論を書いた方です。
中世では戦争は大義名分があれば正当化されました。
その戦争は相手を全て滅ぼすまで続けても問題にもなりませんでした。
大義名分が主役ですから、負けそうだから止めようなんてことが出来ないのです。

憎しみの戦争ですね。

このやり方は負けた側だけでなく勝った側にも大きな損失を生み出します。
クラウゼヴィッツは戦争を論としてまとめ、 戦争は国家の利益のために行うものであると位置付けました。

戦争の目的は勝ち負けではなく、国益の確保である、 外交の延長が戦争であるという事です。

しかし、クラウゼヴィッツも、ナポレオン時代の人です。

後にはこの考え方に合わない大戦が多く起こりました。
第一次や第二次の大戦なんかは まさしく負けた側も勝った側も被害意識しか残りませんでした。
クラウゼヴィッツの考え方は現代も残っています。

現代の戦争論は、
「国を維持するために外交が必要。そのカードとして戦争がある。」
「どういった組織作りをすればいいのか。」
「情報をいかに操作するか。情報を漏らさないようにするか。情報の確保。」
「最後の手段を使えるように、国民を納得させる方法の模索。」
そして
「戦争論自体が戦争の抑止力になる。」
といったことなのです。

海外援助の凍結などや マスコミを利用して文句を言うのも戦争論のひとつですね。
いまの戦争論は戦争をおこすためのものではなく、 外交カードをどれだけ持つか、またそのカードを国民全てに共有させる手段を模索する、と言った学問です。

しかし超えられない一線もあります。
相手側国民の精神面までは追及できません。
相手国民を自国の都合のいいようにコントロールすることはできませんし、 考え方までを弾圧したり批判することは出来ません。
相手国民の精神面までを服従させようとするものは、 武器をとらなくても、中世の全滅を目的とした戦争なのです。
それは憎しみを生み出しますし、 戦争を生み出します。
それは国家であろうと団体であろうと個人であろうと同じ事です。

戦争を肯定するつもりはありません。
でも、クラウゼヴィッツの戦争論が 戦争の意味の無さを現代に伝えています。
戦争に向かわせるものを削除すれば、 戦争を回避できるかもしれませんね。

もちろん個人同士でも同じこと。
武器がなくても、戦争は出来ますものね。
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