微笑みの国の最大被災地

  • 2014.01.26 Sunday
  • 10:52
JUGEMテーマ:タイ 

自分で自分を褒めてあげたい!。
ということで自分にプレゼント。
今回もニンジンを食する季節がやってまいりました。
まずは中部国際空港セントレアに車で行くのだ。
なんか見たことがある人が・・・
あれはフィギュアスケートの村上佳菜子選手ではないかいな。
ソチオリンピックも間近ですね。

ということで
チェックイン。
16時55フライトなのだ。

バンコクついたら21時40分。
近いなんて思わんといて。
時差が二時間あるのです。
日本時間なら夜の12時近くなのです。
バンコクは非常事態宣言。
んでも夜の空港内では様子もわかりませんわ。
帰りに確認しましょう。

そっから国内線で
プーケットへ
現地時間でも深夜12時だ
日本人も少なくなりました。
荷物を受け取りまして、お迎えを探しまして、
夜の街を車で行くのだ・・・メッチャ飛ばすやん。
約1時間暴走して深夜深くについたところが
今回のホテルなのだ。
ちっ、小さい。

夜も明ければ
様子もわかります。
ここはカオラック。

大きな地図で見る


メッチャ田舎なのです。
ホテルのフロントも日本語が通じません。
こいつには
「おいで」
って言ったらきてくれました。

でも日本語が通じなくても
スタッフとは気持ちで話せば
いいのです。

タイは仏教王国。
田舎でもオボウ様が
よく歩いておられます。
だれもが微笑んでくれるのです。
この有名な方まで手を合わせてくれます。
ですから
お金のチェンジもこっちでやったほうがお得なのです。

この地はスマトラ島地震での大津波のタイ最大の被災地。
日本語のできる人にお話を聞いたら、この近辺で5000人以上の人が亡くなったとか。
ホテルのあるところは高台ですが、海に向かっていきますと、
避難指示の看板が
いたるところにTUNAMIの文字が。

確かに空き地も多いですし、
家が新しいですわ。
話をしてくれた方に伺いましたら、その方は海上で津波の情報を受けて船上待機。

なんとか津波を船で超えて、街に帰ってきましたら
港の車は全部なくなり、
街に向かう道は死体だらけ。
それを乗り越えながら歩き続けたそうです。
スタッフのお母さんの家が高台だったのでそちらにお客さんと避難して、救援を待ったそうです。
今では観光地としては回復しましたが
ここまでは簡単ではなかったらしいです。
津波も去って傷が大きく残ってるような頃に
「こんな時だからこそ自分たちが遊びに行くんだ」
と言って、津波の後に旅行に来てくれた日本人もいらっしゃったようです。
涙が出たとおっしゃってました。
なんかしてやろうなんて思わなくてもいいんです。
自分が自分の出来る範囲で楽しめば、
回復が始まるんです。
それにしても日本人少ないがな。

港のそばには
おおきな
仏様が
Tsunami memorialって書いてありましたわ。

その横には
こんなものが。
誰かなーなどと思いながら、帰ってから調べましたらプミポン国王のお孫さんでした。
この地で津波に飲まれてお亡くなりになったようです。

タイの正式名はタイ王国。
国民みんなが王様のことがタイスキな微笑みの国なのです。

2004年12月26日から始まった復興は、まだ途中なのですがな。
激安旅行だが、気持ちでカンベンしてくれい。
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM