お葬式って誰のもの

  • 2013.12.15 Sunday
  • 18:39
JUGEMテーマ:葬儀

 お葬式って悲しいですよね。
大切な人や大好きな人のお葬式ならばなおさらです。

このお葬式に行って、どうしても最後のお別れがしたい。
そんな思いでお葬式に行くこともあります。

そうかと思えば、ちょっとしたお付き合いもあったし、お悔やみにだけ行っておかないといけないなー。
なんて気持ちでお参りにいくお通夜もあると思います。
その区別って、死んだ人が決めました?

その違いってのは、その人との生前の人間関係のなかで生まれてくるものですよね。
でも、この違いってのは死んだ人が決めたわけじゃないですよね。
お参りに行く本人が決めることです。

あなたの人生の主人公は自分です。
んでも、あなたの葬式の主人公はあなたじゃないんですわ。
あなたが死んだあとに、残された人が悲しみから立ち上がるために行う儀式なんですね。

「へん、わたしが死んだってみんな喜ぶだけだわ」
もしもあなたが周りに嫌われるような御縁しか与えてないという自覚があったとしても、それを決める権利は死んだ人にはないんですわ。
それよりも、その言葉をあなたが大切に想う人が言ったら聞いてられますか。
あなたが言っても同じです。
聞いた人は、あなたが好きであればあるほどつらい思いをしますのです。

笑うも泣くも、それは残された人が生前のご縁の関係から思うことなんですわ。
死んだ人にはそんなこと決められません。

それを勘違いして死ぬ人が自分の葬式をへんに仕切ってしまうと、残された人たちが悲しみから立ち上がれなくことが起こるんですね。
残された人に迷惑を掛けたくない。
その気持で残した言葉が、ドエライ迷惑をかけることがあります。

「葬式なんてしなくていいよ。骨なんてその辺に捨ててくれればいいよ」
この言葉を死ぬ立場で見ないでください。
自分にとって大切な人が、これを望んで死んでいったとしたら実行できますか?

大切な人が死んでお悔やみに行こうとしたら
「葬式はしません」
って言われたらどうします。
「なんでや」
って喪主に訪ねませんか。尋ねるのはあなた一人ではありません。
それだけではありません。内々でことを進めてしまえば、亡くなった方の知り合いが
「どうして教えてくれなかったんや」
と、口コミで広がり続けるまで訪ねてくる人が続きます。

「骨をその辺に捨ててくれ」
大切な方の骨を捨てることってできますか?
これって残された人にとっては、大好きな人であればあるほど苦痛でしかありせん。
あなたの骨だって同じことです。

葬儀の形は死ぬ人が仕切っちゃダメです。
遺族が遺言だからと、泣く泣く実行しようとしても、親戚や死んだ方の友達なんかが止めたりするような言葉を聞かないといけないんです。
迷惑を掛けたくないという気持ちならば、式を大きくするか、こじんまりするか、全くしないか、式のすべてを残された人に任せるべきです。

もしも遺言を書こうと思ってる方がいらっしゃるならば、死んで行く自分に酔わないでください。
自分の書いた遺言を、自分がもらったらどんな気持ちになるか。
とくに自分の大切な方からその文章をもらったらどんな気持ちになるか。
残された人の気持を思いやってください。

あなたの葬儀はあなたのものじゃないです。
残された人たちが悲しみから立ち上がるための儀式です。
最後のお別れのチャンスなんですわ。
悲しむ邪魔はしちゃダメですわ。
悲しみは残された人のものです。
思い出までは仕切ることはできないのです。
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