チェチェン

  • 2007.10.13 Saturday
  • 18:51
チェチェン共和国は地図上ではロシアの一部です。
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もともとチェチェンは、18世紀のロシア帝国のカフカースへの南下政策で侵略されたんですね。激しく抵抗したのですが、1859年にロシア帝国のなかに周辺地域とともに併合されちゃいました。
もともと反発の中の併合ですから、チェチェン人はロシアの敵対国からの武器の供給なのでクーデターを起こしまくる歴史を繰り返しました。
一部のチェチェン人はロシアの支配を逃れてオスマン帝国に移住しましたが、このチェチェン人も現在トルコの火種になってます。

スターリンなんかも思い通りにならないチェチェン人を大量にシベリア送りにしています。
1957年に帰還を許され自治共和国が再建されますが、反発は残りますよね。

ペレストロイカの後、ソ連が崩壊して多くの民族が共和国として独立を宣言しました。
実際にバルト三国なんかは独立が成立しました。
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なぜにロシアはチェチェンの独立を認めないのか。
チェチェンは自治共和国なのです。自治共和国は連邦政府の直轄地なのですだ。バルト三国なんかはソビエト連邦のなかの国のひとつでした。もともと独立共和国なんですね。ところがチェチェンはロシアの一部なのです。こんなの独立を認めちゃったら連邦崩壊でやっととまった流れが、少数民族が片っ端から独立して、ロシアそのものがバラバラになってしまうってのが懸念なんですね。

国として成立するためには経済的自立も必要なんですね。
上の地図の[→]ボタンを押してみてください。海が出てきたでしょ。
チェチェンにはカスピ海があるのです。
カスピ海があればメチャメチャの量の石油があるのですだ。

この石油はチェチェンが独立するための経済的自立手段です。でも、ロシアにとってみてもデカイ地下資源なのです。こんなおいしいものは手放せませんね。

どっちにしろチェチェンの独立を認めないのは、ロシア側の事情なんですね。
チェチェンにしてみれば、言語も宗教もロシアとは違う自分たちが、ロシアの一部である必要性を感じていないんですね。それどころか、自分たちを征服している別の大国としかみていません。

18世紀から続く、血で血を洗うような憎しみのリンクを残してでも、ロシアは独立を認めようとはしませんね。
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