官と民

  • 2007.09.04 Tuesday
  • 18:29
桜田門外の変」ってありましたでしょ。
ありましたって言ったって、1860年3月24日の出来事です。江戸時代末期の大事件ですね。
水戸藩の浪士が大老井伊直弼の行列を江戸城桜田門(東京都千代田区のところです)で襲い暗殺しちゃった事件ですね。
どうも即死だったみたいです。

ところが井伊直弼の墓碑の命日は「3月28日」になっています。この四日間のずれはなんなんでしょうか。
しかも記録上は病死になってるんですね。暗殺事件を闇に葬ろうとしたみたいなんですね。

井伊家の城下町は滋賀県の彦根。
江戸で起こった大事件は、もちろん井伊家のお膝元、滋賀県まで特急で伝えなければなりません。早馬なんかで知らせたんでしょうね。
なんと四日で情報が届いたみたいなんですね。この届いた日と命日が一緒なんですね。

滋賀県は天下の近江商人のお膝元であります。江戸で起こった大事件の情報は江戸の商店からも滋賀県に送られました。
なんとこっちは三日と半日で情報が届いているんですね。
つまりの情報網よりもの情報網のほうが、早く届いているんです。
ですから井伊家としては隠したかった暗殺事件は、隠蔽策略を起こす前に近江商人に知られちゃってたんですね。

にとっては隠すための情報伝達網です。
にとっては生き残るための情報伝達網。
この差が半日の速さを生み出したのかもしれませんね。

当時の近江商人の経営理念ってのがあるんですね。
「三方よし」
ってものです。
「売り手よし・買い手よし・世間よし」
ってことなんですね。
売り手と買い手が納得しないと商売が成立しないってのは当然といったら当然なんですけど、この時代に「世間よし」ってすごいと思いませんか。
これって企業の社会的責任のことなんですね。
当時から、ができないことをが実践してたんですね。

は情報や社会的地位を失うとつぶれます。
どうも、一部のは情報を隠せば、問題を先延ばしできて、ウヤムヤにできるって思っているフシがありますね。
年金着服なんてそれの代表的な事件ですね。
きっと当たり前にやってた犯罪の情報をとめていたことが、自分たちの正義だったんでしょうね。
いつまでも先延ばしして、ウヤムヤになることが求められたんでしょうけど、そうは行かなかったんですね。
着服がバレたっていう正確な情報を正確に受け取れば、大きな犯罪を犯してたってのはゆるぎない事実なんですけど、自分たちを正当化するためには情報のほうが不正確ってことにするんでしょうね。
着服の理由やその裏金の使用目的なんかを正当化したり、個人の欲望のためではなく、としてやったみたいなことのアピールがありそうですよね。

とりあえずの言い訳が「前例」なんでしょうね。どうにもならなくなったら
「昔からやってたことがなんていまさら問題になるんだ」
ってなことを言い出しそうですよね。

正確な情報と社会的地位の確保、この当然の常識がには通用しないのは、今も昔も同じなんでしょうか?

ちなみに全部のがこんなことしてるなんて言ってないぞな。
もちろん全部のが「三方よし」をしているなんても言ってないぞな。
「売り手よし・買い手からぼってやる・世間はごまかせば何とかなる」
なんて「一方よし」みたいな、年金着服官僚のようなも存在しますわね。
こういうところはだろうがだろうが近づきたくないものです・・・・おおお、の場合は近づかなくても寄ってくるがな。


この写真は、太平洋の真ん中の島ではありません。
情報処理の失敗も恐いですね。
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