凶悪事件の報道

  • 2007.05.18 Friday
  • 13:02
犯罪は犯人が起こしたものですけど、背景はマスコミが作ってますね。
たとえば
「犯人の部屋から殺人に関する本が見つかった」
って報道があれば、その本がどんな本ってのはあんまり聞こえてこないんです、ね。
映画でも、推理小説でも、漫画でも、人が死なないやつを探すほうがタイヘンですね。つまり、小説やDVD、漫画が部屋にあっただけで
「本の影響が・・・」
報道は成立しちゃうんですね。

たとえば記者が、犯人の生活を知っている人に
「犯人はバージニア工科大学銃乱射事件のニュース見てた?」
って聞いたら、そんなものテレビでガンガン流されているんですから、見てたって答えるに決まっているんですね。それで
「犯人はバージニア工科大学銃乱射事件に興味を持っていた」
って裏づけがとれた?報道が成立しちゃうんですね。
裏づけがとれなくったって、想像の報道でも、犯罪心理学とかの先生とか、凶悪犯罪にかかわった元警察官とか弁護士なんかにうなづかせる演出が出来れば、説得力なんて作れちゃうんですけどね。

バージニア工科大学銃乱射事件のときもそう思いましたけど、犯行声明や殺人の瞬間をテレビで流す必要性があるのか。しかも流されている画像が殺されている人が命が亡くなる重大性を伝えてるとは思えない。
「こんなすごい画を手に入れたから見てね」
ってことしか伝わらないんです。しかもスクープですから画が軽いんですね。結果は殺人なんて日常茶飯事のカンタンなことよって、間違った感覚が伝えられちゃうような画なんですよ。

映画や小説、漫画はすぐにヒステリックな規制って話になるんですけど、残虐性を作るニュースは規制されません。それどころか映画や小説、漫画の規制の手伝いをするんですね。
そんなニュースが規制されるようなことがあれば言論の独裁者が
「言論の自由を害する、民主主義に反する、反社会的犯罪だ。報道倫理はマスコミの自主性で十分だ」
なんて言い出すんですね。間接的に映画や小説、漫画の規制を手伝うのはカンケーないんですね。ちなみにこれらも自主性の倫理委員会があるんですね。

事実というものにオブラートされたニュースほど影響は大だと思います。作り物じゃない作り物ってタチがわるいです。小説やDVD、漫画っていう作り物の影響なんてかなわないと思います。

じっさいにずいぶん前にあった大量殺人事件で、B級ホラーが規制されましたけど、あれはマスコミが作った規制ですね。
「犯人の部屋を見てください。こんなに異常なビデオがいっぱいある部屋なんです」
って報道がガンガンながれたんですね。
あたいは、その家の子供に自由を認めない、異常な独裁制家庭って方が問題だとおもったんですですけどね。そんな報道は、異常な部屋を演出する報道の一部となっていました。現実を捨て、夢想の世界に走って行ってかせた独裁家庭のほうが問題なんですけど、夢想の道具を排除すればいいって話になっちゃったんですね。


その事件の後、映画の規制をした人は映画とはまったく関係ない教育ナントカの肩書きをもったオバチャン数人が、映画を最後まで見ないで、タイトルだけで規制したんですものね。
言論の自由」ってのは報道を規制させないタメのもののようですね。
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