シーア派

  • 2001.09.21 Friday
  • 00:46
イラン革命は、パーレビ国王が推進した近代化路線の「白色革命」(近代アメリカ化)の反発からおこりました。ホメニイが革命に成功したのです。

イスラム教の分派は、教義の違いよりも指導者の気性がかなり影響されます。
思いっきり乱暴に分けると、「スンニー派」と「シーア派」ですね。
イスラムのほとんどは「スンニー派」です。「シーア派」は一割あるかないかです。
この「シーア派」が過激で、反乱を繰り返す派閥です。この少ない派閥を国教としているのがイランです(特異なイスラムと呼ばれるのはこのせいです)。
その「シーア派」から原理主義が多くでているのです。アサシンなんて殺人集団は歴史的にも有名ですね。

ある時期までは、原理主義の敵と、民主主義世界の敵が一致していた時がありました。ジハードの相手は、宗教を否定する国だったのです。
「冷たい戦争」時代の宗教否定の大本はあそこでしょ?
いまは「冷たい戦争」の終結です。
でも、イランは違いましたね。イラン革命の後は米テヘラン大使館を占拠して、人質をとったり凄かったみたいです。(小説の悪魔の詩事件覚えてます?)

ホメイニの死後は、国際的にも孤立解消に努めているみたいですよ。 (いまの指導者は気性がやさしいみたいですね。)

でも、いまのジハードの敵はイスラエルと同じ民主主義であり、その代表国家とその傘の下の国すべてです(理屈は通りませんね)。
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM