自由は責任あってこそ

JUGEMテーマ:世界平和


自由、平等、友愛
なんと心地よい言葉でしょうか。
これはフランス革命の標語だったらしいですね。

ミルグラム実験って実験があります。

アイヒマンってご存知でしょうか。
ヒトラーの右腕で何百万人の人の命を消していった、ナチスの重鎮です。
アイヒマンは戦争の後、南米に逃亡し、1960年に捕まるまで、自動車工場の主任になって平穏な生活を送っていましたのです。
アイヒマンは誕生日に花屋で彼女に贈る花束を購入したことによって、捕まるきっかけを与えちゃったんですわ。
その日がアイヒマンの妻の誕生日とおんなじだったんですね。

アイヒマンは人を人とも思わないナチスの重鎮、生粋の悪魔だったのか。
それとも妻に花束を送り、部下に気を使う自動車工場の気のいい主任のおっちゃんだったのか。

捕まったアイヒマンは小役人的な凡人にしか見えなかったそうですわ。
裁判では
「命令に従っただけ」
という発言でした。

あと有名な発言として
「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない」
という言葉を言ってます。
最後まで無罪を主張したそうです。

んでも、ミルグラムの実験は、誰もがアイヒマンの精神状態に陥ることを証明したのですわ。
実験対象は40人でした。
生徒が、被験者にドッキリを仕掛けるのです。
被験者は生徒と別の部屋にいて声だけが聞こえるだけです。
被験者は先生となり、質問をして生徒が答えを間違えると、目の前のダイヤルを回すのです。
そのダイヤルは答えを間違えた生徒に高圧電流を流すスイッチなのです。
電流を流された生徒は苦痛の叫び声をあげるのです。

現実には苦痛の声を上げる演技だけなんですけどね。

実験の最中には権威のあるような教授のような役の人が現れます。
「一切の責任はあなたにはありません。責任は大学が取ります。生徒が間違えましたのでダイヤルを回してください」

あなたはこの被験者の立場になったときに、ダイヤルを回すことを断ることは出来ますか?

実験結果は40%が300ボルトまでダイヤルを回しました。
だらば、あとの60%は断ったのか。
そーじゃないんですわ。なんと死亡する可能性のあるダイヤル最高値の600ボルトまで上げたのです。
叫び声を聞き、笑いながら上げた方もかなりいたそうです。

断った人はだれもいなかったのです。

人は権威に溺れ、責任が無くなった時に、鬼にでも悪魔にでもなれるのです。

権威は正義に、責任は団体になることで、倫理なんて簡単に壊せます。
自由、平等、友愛を掲げる団体が、それを否定する人に、束縛、差別、暴力を行うなんてカンタンなんですわ。

話がでかくなると人は心地よくなります。
世界平和なんてステキな言葉でも、それを権威にして責任がなくなれば、カンタンに悪魔になれるんですわ。

世界平和を目指している人は、まず家庭平和を目指してください。
目の前の現実は、自分を権威と無責任から救ってくれますよ。

集団の死は、一人ひとりの命の集まりの死なのです。

自分がされたら嫌なことは、他の人にやったら嫌がるに決まってるのです。
おまえ、ちょびひげあるやん。
しかも目が青い。にてる・・・・・


大阪芸術大学映像40

 JUGEMテーマ:美大生の日常

先週はキツかった。
前の日曜日から今朝まで、移動しっぱなしでしたがな。
旅行やら私用ばっかりですから自業自得なんですけどね。

ということで昨日わが母校、大阪芸術大学に行ってまいりました。
映像学科の40周年記念式典だったのですがな。
わてがいたころは映像計画学科っていわれてたのですがな。
うわ!

メッチャ人がいる。もっと少ないと思ってたのにナメてた。

吉川センセ。

その頭どうしたの?メッチャバケでる。

現学科長の大森一樹監督。

なんか眠たそうですがな。

このかたが鳥居元宏センセ。
映画監督で脚本家なのだ。

メッチャ話が面白かった。

我恩師、故依田義賢センセのご子息。

哲学を教えてくださった依田義右センセなのだ。
スターウォーズのヨーダのモデルが、このひとのお父さんなのは隠れた事実なのだ。

卒業生代表は

田中光敏監督なのだ。
この火天の城

などの監督さんなのだ。
映画はスタッフ一人一人が自分の役目に誇りを持って、責任をはたすから出来上がるもんだ。どんな世界も同じだと思うって言っておられました。
フムフム。

みなさん。ものすごくまじめに聞いておられます。

このなかにビックネームもチラホラ。


式典が終わったら

集合写真なのだ。
りっぱなスタジオ。

こんなの昔なかったぞ。


セットまで組んである

このカメラは高いぞ。
中だけ撮ると

夕方のお茶の間になるのだ。

鳥居センセやら

田中先輩とも

直で話もできました。

その次は

楽しい

パーティ。

懐かしき第一食堂なのだ。学生時代はホトンドここにいたのだ。
さあ、

飲まないから食うぞ。
おお、

ケーキまでこってる。

大森センセーとも

お話させていただきました。

最後は映像学科名物。

「大阪締め」で終わるのだ。
とっても楽しかった。

最後に大森センセ監督作品。ゴジラ対ビオランテの予告編でお楽しみください。




夢の実現

十年前には、携帯電話が一人に一台の普及なんてことは考えられませんでした。
インターネットだって、アナログ回線でジーコジーコって音出しながらHPが立ち上がるまでに一分や二分かかるなんてざらでした。

HPを製作する側でも、重たすぎるものはダメ。
写真も美しさよりも軽さが重視。
音楽も軽いものしかダメ。
動画なんてとんでもない。
javaなんかでも文句言われたんですね。

こんなに早く高速回線時代がくるなんて思っても見ませんでした。

1961年にケネディ大統領が
「今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」
って言ったときには、一部の人をのぞいて、世界の誰もが夢物語にしか聞こえなかったそうです。
でも現実に、1969年7月20日、アポロ11号が月の「静かの海」に着陸したんですね。

国際宇宙ステーションなんてのもSFの世界でした。現実に2009年には日本の実験棟、「きぼう」が打ち上げられる予定ですね。
月にも2024年までに長期滞在を可能にする月面基地を完成させる予定ですね。

これらのことは全部夢物語のような話ですね。

一家に一台のテレビや洗濯機、冷蔵庫なんてのも昭和の初期には考えられなかったことなのだと思います。

もっと昔であれば、海のそこを進む船や、空を飛ぶ乗り物、馬よりも早く大量の人や物を運べる乗り物なんてのも、夢物語だったんですよね。



後、十年もしたら、家の中でロボットが働いていたり、誰も運転しなくても目的地に到着するような車が走る、今考えれば夢物語のようなような時代が来るかもしれませんよね。

その夢物語のような時代を作っていくのは今の子供たちなんですよね。
それは現在の科学の積み重ねの上に、また新しいものを積み重ねていく歴史なんですよね。

そんな夢物語を実現できるような環境を残してあげたいですよね。


このASIMOくんとケモノくんはゼンゼン働いてくれませんのですだ。


とのさまの茶碗

教科書あったお話だと思います。

お殿様の茶碗は高級品で、薄手で美しいものをご使用してたのこと。
ところが薄手のため、お茶の熱さが直接手に届いてしまい、いつも熱い思いをしているお話です。

ある日、殿様が村へ行った時のこと。出先でお茶を所望したいと言い出した殿様に対して、村人が恐れながら差し出した茶碗が厚手の素朴なもの。村人や家来にしてみれば粗末な茶碗で出したことを恐縮してたのですが、殿様にしてみれば、熱さが手まで届かないその茶碗に感激しました。

このお話の感想を、先生に無理やり与えられたような覚えがあるのです。
「知識のないトップに対しての批判」
を聞かされたような覚えがあります。
これもひとつの意見だと思いますけど、この話ってそれだけじゃないですよね。いろんなことを考えさせてくれる話ですよね。

今日ラジオで聞いたんですけど
「薄手の美しい茶碗は観賞にはすばらしいものですよね。使い方を誤っているんですね」
道具の使い道って点から感じたっていいんですよね。

気の使い回しが、殿様につらい思いをさせていたってことも言えますし、部下の配慮に気を使って殿様が何もいえなかったって考えてもいいんですものね。

勉強って多面性を学ぶことだと思います。答えや考え方を統一することは「学ぶ」てことじゃないんだと思います。


教育?宗教?イテオロギー?

なんか聞くところによると、アメリカのカンザス州の教科書から「進化論」が消えちゃったみたいです。
創造主を否定する論理ということで、ダーウィンが生きてたころから否定されてきた「進化論」ですが、この時代になってこんなことがアメリカで起ころうとは思いもしませんでした。

大人が自分の意思で、「進化論」と「創造論」を選択するのはかまわないんですけど、大人のイデオロギーで気に入らない方の情報を子どもに与えることをやめるってのは・・・・なんなんでしょうね。


止まる論議

「出来ない理由」の論議だったらなにも変わんないのよね。まあ、変えたくない人はこれでいいんでしょうけどね。
できれば「どこを変えることが出来るか」ってのを論議してほしいんですけどね。


お勉強でも、しないほうかいいことも

義務的でないお勉強で、知識が豊富になるって嬉しくなっちゃいますよね。義務的なお勉強ならば知識のまんまで、ヘタしたら「知ってるけど、知ってるだけ」になっちゃいますものね。身についた知識ってのは、実行が伴うものになりますものね。
でも、やっちゃいけないお勉強があります。
思い込みでしか成立しないことを、成立させるためのお勉強。
もっとやっちゃいけないのが、「自分にとって都合が悪い情報を排除するお勉強」ですがな。これって多いですよね。


理想の子供像

理想の子供像ってのがあるらしいですよ。
「たくさん友達がいて、勉強もできる。親が言う前に行動し、何でも言うことを聞き、秘密を持たない。異性にも好意を持たれ、破廉恥な行為はしない」
ですって。
理想の親像は、「理想の子供像」をもたない親ですね。


聞くための教育?

日本の教育は覚えることはすごいのですが、
考えることと、意見を言うことを殺されているような気がします。
まず、聞くっちゅうことが出来ない人が多すぎますよね。

いまの小学校は、ちっとはよくなっているようですけどね。ティベートらしき教育が入ってきているようですね。でも、指導する先生は大丈夫なの?聞く耳持ってるのかいな。

・・・未来は明るいのか?


答がない問題

お勉強って答があるんですね。
しかも順位を争うものなんですね。
こんな勉強っておもしろくないですよね。
賢い人ってのは、威張っていたり、今に満足する人ではないです。
周りに気をくばり、新しい知識を求める人ですよね。

強い人ってのは、自分より弱い人をいっぱい持った人ではなく、いっぱいの弱い人を助けれる人ですよね。

答のある勉強よりも、答を探す勉強をした人の方が賢いと思います。

それは文部省検定合格教科書の中よりも、わりと遊びの中にあるんですよね。


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