ピーターの法則

  • 2019.08.18 Sunday
  • 12:52

アホな上司がいるとその企業の損失は25%ににもなる

アメリカのスタンフォード大学の研究によりますとそういうことらしいです。

25%ですめばいいですね。

 

南カリフォルニア大学のピーターさんが社会学の法則を1969年に発表されてます。

その名もピーターの法則。

 

ピーターパンとはカンケーありませぬ。

 

職場に意地の悪い人間がいると、標的になった人の心身がむしばまれる。不安やうつを引き起こし、睡眠障害、高血圧の原因にも。イライラして家族との関係も悪くなりやすい

 

能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。したがって、有能な平(ひら)構成員は、無能な中間管理職になる。

 

時が経つにつれて、人間はみな出世していく。無能な平構成員は、そのまま平構成員の地位に落ち着く。

 

また、有能な平構成員は無能な中間管理職の地位に落ち着く。その結果、各階層は、無能な人間で埋め尽くされる。 その組織の仕事は、まだ出世の余地のある人間によって遂行される。 あらゆる有効な手段は、より困難な問題に次々と応用され、やがては失敗する

 

よくわかりませぬ。

つまりは有能な下っ端が実力を認められて次のステップに昇進したとして、そのポジションがその人に適した地位は限らないということ。

やっぱりよくわかりませぬ。

 

例えば営業で優秀な成績を収めている方が上司のお目にかない、部署の長を任されたとしてもその能力があるとは限らないということです。

昇進が能力に適した地位に上がるというシステムならば問題ないのですが、大抵が経験がないような仕事と責任を任せられることになってしまいます。

特に管理能力というものは管理者にならない限りは見えてこないのです。

営業の実力があったとしても管理能力があるとは限らないのです。

 

管理能力を勘違いして暴走しだす人もいますものね

当然今まで同僚だった相手が部下になったりすることもあります。

そんな相手を下に見だしたら人間関係は崩壊ですね。

褒めたり認めたりしたらナメられるぐらいに勘違いするアホもいます。

ダメ出し

恫喝

嫌がらせ

こんなものを管理能力と勘違いしだしたら部署は崩壊です。

 

自分が手に負えないような地位に上がってしまえば、精神的にも参りますし、失敗すれば上からも下からも信用がなくなり無能扱い。

会社の中でそんな人事が続けば、能力以上のポストについた上司しかいない会社になってしまうってのがピーターの法則です。

 

努力でポストに合うツボを見つけたとしても、そのツボがパターンかすれば、それはそれで廃退が始まります。

自分の立場と他のものの立場、例えば部下であったりお客さんであったり、などを入れ替えてこれでいいのかという自問自答ができなければ、やはりポストに合わない行動を起こしてしまいます。

近江商人の三方よしの思想は

売り手よし、買い手よし、世間よし。

売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献しなければならない。

相手の立場に立つということですね。

これができなければピーターの法則通りになってしまいます。

 

でも、これってこれで収まればまだマシですね。

自分にとってイエスマンだけを昇進させるような会社ならば状況はもっとひどいです。

自分に批判的なやつだけではなく、自分以上の実力や会社のためになるような行動でも、自分の地位を脅かしたり思い通りにならない者は排除する。

自分に媚びへつらうものだけを昇進させるような会社ならば、無能どころか害があるような上司しかいなくなります。

そんなやつらがグループを作って牛耳れば沈む船間違いなし。

自分たち以外の人間はゴミ以外の何者でもないですね。

褒め称える情報以外は聞きもしないし、批判や説得なんて言うゴミどもは近づける気もありません。

 

アホを信用するようなやつはおだてると木に登りますし、すぐに信用します。

上にはへつらい、下には威張り散らす。

すぐに人を利用し裏切り、責任逃れをしますから。

 

でもそんな者だけが上司になるような団体なんて沈みます。

 

そんな上司と話をしても時間の無駄です。

アホとは話すな

「逃げろ」!

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:人間関係

 

人口論

  • 2019.02.10 Sunday
  • 00:52

世界の人口が100億人を突破するのは2050年ぐらいとのこと。

そうなれば世界の人間全員の生活環境が守られるかは不透明なんて意見があるそうな。

 

そうかと思えば、戦争や大きな自然災害によって人口が減少するから、人口密度は危機的な状態にはならないなんて意見もチラホラ。

 

イギリスの経済学者のトマス・ロバート・マルサスさんが人口論を書いたのは18世紀の1766年。

 

18世紀ヨーロッパは農業革命で人口がメチャメチャ増えて、産業革命で生産力が爆発的になって、植民地政策で世界を侵略しまくった時代です。

 

そんな時期に書かれた人口論。

 

人口を維持するためには生活資源が必要とのこと。

つまりは食料ですね。

これがないと生きることも出来ません。

 

太古の国家は食料を維持してくれるところに人が集まり、国か大きくなっていきました。

みんなが豊かに暮らせれれば問題も起こりにくいです。

でも、バランスが崩れたときに問題が起こります。

 

とくに農業で国が成り立っている時代は、天災によって穫れ高が落ち込む年もあります。

そのときに国家権力者がどう動くかで、国は簡単に滅びました。

権力者が富を独り占めにすれば、国は成り立たなくなり政治にはワイロが広がり民衆が弾圧され、食糧生産もますます下がっていきます。

食料が不足して一握りの権力者の富を維持するために、多くの民衆に貧困が広がります。

そうなれば食料を与えてくれる新しい代表を求めてクーデターが起こります。

 

思想や信念は後付け理由みたいなものです。

 

人口論では、貧困は人口増加と生活物資の増加に不均衡が起こり発生する。それによって犯罪も起こりやすくなると、のたまわく。

しかもそれは自然に起こることであり、止めるすべはないみたいなことを、のたまわく。

 

人口密度は生活物資の量に比例する。

でも、人口増加に食物生産が追いつかなければ、貧困と犯罪が増える。

 

こっからが排他的です。

生活物資と人口のバランスを保つのは自然災害や戦争もしくは飢餓から起こる伝染病などでコントロールされると、のたまわく。

つまり、多くの人が死ぬことで過剰人口はコントロールされるってんですね。

排他的論理は他人を排斥する。仲間でない者を退ける論理です。

 

何故に排他的かといえば、この手の論理にはたいてい自分にとって大切な人の命が入ってないんですね。

 

自分以外のものを排除するときは自分を正しい存在とし、正しくないものの上に立つ存在にならないと精神的に持ちません。

そうなることで、正しくないものを排除することに罪の意識を持たなくなります。

そうなってはじめて、命を数だけで勘定し排除することができます。

話がでかくなるほど、命の大切さがわかりにくくなります。

 

自分にとって大切な人の命を排除する側に入れられますか。

わたしは自分にとって大切な人を過剰人口の一人として考えられません。

 

世界平和を目指す人は、まず家庭平和を目指してください。

 

太陽は人を選ばずに照らしてくれます。

 

JUGEMテーマ:平和

魂ってなあに

  • 2018.02.18 Sunday
  • 00:00

情が形を変えたものです

 

「死んだ人がお酒が好きだったから」

とか、

「コーヒーやお茶が好きだったから」

などの遺された者の気持ちを表現するための方法です。

 

古く(医学や科学が発達していない頃)には 死の恐怖から逃れる手段として、

また封建的社会において、 民衆をコントロールする手段としても使われました。

 

もしくは、 物事が成功しない場合、 それを他の世界、もしくはのちの世界で成功させるための 道具としても使われます。

つまり、失敗からの逃避の手段です。

 

死後の世界を成立させる場合、 どうしても、そこに到達する方法が 必要になります。

それに利用されるのが魂です。

 

情が形を変えたものなら まだ良いのですが、 マインドコントロールや思想統一のために使われる魂は、 人間の死に対する恐怖心をあおる道具でしかありません。

 

魂は精神的世界のものです。

生きている人間が持つ感情の一つです。

 

責任転換の道具にしないでください。

 

 

 

JUGEMテーマ:見えない世界の真実

一時間で疲れる相手が一生なんてもつわけがない

  • 2018.01.21 Sunday
  • 00:10

デートの後にクタクタになることはありませんか。

何回あっても疲れる。

自分をカッコつけたり背伸びをしないと会えない相手とか、意見を合わせて気を使わないと機嫌を損ねる相手。

そんな付き合い方しかできない相手って、メチャメチャ疲れますよね。

疲れるようなデートしかできない相手は、共の世界には生きることができません。

一時間一緒にいて疲れる相手と、一生一緒にいるなんて不可能です。

 

どんなに愛の言葉を囁いてくる相手でも、自分の持っている価値観や生活のルーティンを押し付けてきて、そっから逸脱したら機嫌が悪くなったり怒り出したりする人はしんどいものです。

それって愛じゃなく、ただの独裁欲ですしね。

 

もしも出会いの前から大切にしているルーティンがあったとしても、それは自分のものであって相手に押し付けるものではないです。

相手に負担になるものであるならば、自分でやればいいんですね。

それに参加してくれるかどうかは相手が決めることです。

 

人生をともに暮らすのと、相手の人生を束縛するのとは違います。

自分の人生の主人公は自分です。

相手の人生の主人公にはなれませんし、相手の人生のドラマを取り上げることもできません。

生きてきた文化も価値観も違う二人が新しくともに暮らすのですから、カルチャーショックが起こるのはあたりまえですよね。

新しくともに暮らす中で新しい生活のルーティンが作られていくのであって、それは二人の価値観によって作られていくものです。

 

やっと見つけた人が自分の理想の人であったとしても、本当にその理想がその人の姿なのか。

自分の想像の価値観にその人を押し込んでいるだけではないのかいな。

 

あなたの押し込んでいる理想世界からはみ出した行動を見つけたときに

「そんな人とは思わなかった」

なんて言っても手遅れです。

 

あなたの理想に当てはまった

「そんな人」 

なんて最初からいなかったのです。

 

嫌われてしまうかもしれないから相手の言うことを聞かないと壊れてしまうかもしれない。

そんな状態が一生持つわけがないですし、そんな関係を我慢して続けたとしても、ものすごくもろいものです。

雨が降っても地が固まらないうちに家庭崩壊してしまいます。

 

自分の思い通りにならない事を孤独なんていいません。

自分以外の人が思い通りにならないことが普通の状態です。

 

ともにケンカができ、ともに笑える、そして一緒にいると安心できる相手。

もしかしたら理想の人と思っている人物像とは真逆の人がそんな人かもしれませんね。

 

 

 

嵐の日はともに耐えて、晴れを待ちます。

晴れたらともに歩み出します。

どんなに険しくても道は続くんです。

 

 

JUGEMテーマ:人間関係

ソシオパス

  • 2017.09.24 Sunday
  • 12:32

めちゃめちゃ切れやすく、めちゃめちゃ嘘つきで、責任逃れが激しく、自意識過剰な方。

社会病質者のことです

後天的なパーソナル障害です。

立場に溺れたり、犠牲者意識に酔いしれると誰でも陥る可能性のある障害です。

 

嘘つき。

意識しなくても嘘をついてしまう。

ひどくなると嘘でしか答えられなくなる。
自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ込んでしまう。

しかもその嘘は自分の中では正当化されている嘘であり、罪の意識などない。

自分の中では本当のことでありバレることはないし、そのまま逃げ切れると思ってしまう。

 

共感しない。

傷つけてしまうかもしれないとか、苦しませてしまうかもしれないなどという感情を感じない。

人の痛みを理解できない。

相手にとって害になるようなことも平気でできる。

こうすれば相手が苦しみ悲しむであろうというような行為を選んで行うようになる。

 

エゴ

自意識過剰。自己中心。

自分のことしか話さなくなる。

自慢と被害者であることをアピールしたがる。

相手のことなどには全く興味がないし聞く耳もなくなる。

自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。

自分の思い通りにならなかったら、怒りだし攻撃的になる。

自分を無視したり、否定したりしたら、ヒステリーを起こし、相手を攻撃しだす。

 

特別

自分は特別な存在であり、どんなことをしても罰せられることはないと思い込む傾向がある。

話がでかくなる傾向があるから、騙される人も多くなる。

どんなに人が周りにいても信用することがないので、信頼する人は作れない。

かりに自分が間違ってるという立場に追い込まれると、自分が正しいのであり、周りや世間が自分を攻撃しようとしていると思い込む。

平気で自分の周りの人を裏切る。

裏切った人が自分との関係をなくすとは思ってない。

自分が裏切った相手なのに、他の人にはこれだけしてやったのに私が裏切られたとアピールする。

 

まわりの人間は利用できるかできないかだけの価値観でしか付き合えなくなる。

束縛し操作することが愛情だと思い込む。

自分の発言や行動を人のせいにする。

人だけでなく、世間、時代、血液型、占い、神や悪魔、どんなものを使ってでも責任逃れをする。

成功は自分の手柄としたがる。

 

自分の立場と名前をアピールすることに固執する。

 

自分が正しい存在、正義の味方と思ってる人のことですわ。

 

立場がしっかりしている人なんかも注意です。

先生って呼ばれる仕事についてる人は、自己反省をおろそかにするとヤバい事になるかもしれません。

政治家、教師、宗教者、警察官、法律家なんて仕事の方は、自己確認はいつも必要ですものね。

 

 

自己分析は難しいです。

世界一正しい正義の味方では確認できません。

身近な人に確認してもらってください。

 

1. 日常的に法を犯す、または法を軽視している
2. つねに嘘をつき、他者を騙そうとする
3. 衝動的で計画性がない
4. けんか腰で攻撃的
5. 他者の安全性についてほとんど考慮しない
6. 無責任で、金銭的にルーズ
7. 良心の呵責や罪悪感がない

 

この中の3つが当てはまったらヤバイです。

自覚を持てれば治療は可能です。

でも、ハードルは高いです。

世界一正しい正義の味方に、自覚を持たすことが限りなく難しいんですわ。

 

 

JUGEMテーマ:人間関係

ランナウェイ

  • 2017.07.30 Sunday
  • 00:14

私たちは一人では生きれません。

でも、自分以外の人を思い通りにもできません。

 

一番になりたがったときに失うものも多いんです。

自分中心にしたがります

自分たちを最高としたがります

 

昔は地球は宇宙の真ん中と信じられていました

太陽系は銀河系の真ん中と信じられていた

銀河系は宇宙の真ん中だと信じられていた

それが間違いであるという証拠が見つかっても、排除否定隠蔽してでも自分たちを中心に置こうとしました。

 

自分たちを最高と思いたい人々は、正しい正しくないなんてことは二の次三の次にしてでも、信じていることを正しいこととして押し付けようとします。

 

人類が最高だ。

自分の国が最高だ。

自分の民族が最高だ。

自分の宗教が最高だ。

 

最高の人は、自分たちと違うものを嫌います。

自分たちの価値観を否定するもの。

もしくは自分たち以外のものを敵としてみなし、排除しようとします。

紛争や戦争ですね。

 

文明は群れることで生まれます。

群れた人たちが社会をつくります。

 

社会が別の文化、別の価値観をもった社会と出会ったときにカルチャーショックを受けます。

自分たちだけが最高で正しいとしている社会は、他を否定するか排除するしかないんですね。

 

こうすれば相手が困るであろう。

こうすれば相手が嫌がるであろう。

自分がされて嫌なことを相手にできる状態は異常です。

どんなに正当化しても、どんなに尊いもののせいにしても、被害者妄想で自分をごまかしても、相手には通用しません。

消えたと勘違いできるのは自分の罪の意識だけです。

そんなことをしても相手は自分の思い通りになることはないです。

うまれるのは恨み憎しみだけです。

 

最高と信じる者は自利的行動が多くなります。

他の目が気になり、自分の立ち位置を見失いがちになります。

まわりに人がいれば虎の威を借る狐のようにますます威張りだしてしまいます。

束縛と愛情が同じものになってしまいます。

相手に対する注意や恫喝が、自分の優しさだと思い込みだします。

最高のやつは自分は特別の存在で、自分は例外だと思い込みます。

誰の言うことも聞けなくなります。

 

こうなってしまえばかなりキケンですし、関わることで自分が傷つけられてしまいます。

離れましょう。

逃げましょう。

相手は逃げている者のせいにして責任逃れをするでしょう。

こちらのせいにされてもいいですから離れましょう。

傷つけられるよりはマシです。

追いかけてきたらもっと逃げましょう。

最高のものと同じところにいることで周りも傷つけてしまうかもしれません。

なにせ最高のものは自分の立場を守ることしか考えていませんから。

 

自分たちは最高ではない。

そのことがわかっている社会が争いの少ない社会ですし、個人であるなら人の痛みの分かる人です。

利他的行動が人間であることの証拠です。

 

自分の思い通りになる人間は自分だけです。

バラバラのままで一緒なんです。

 

 

さて、おまえもいっしょに逃げるか。

 

JUGEMテーマ:人間関係

自己愛性パーソナリティー障害

  • 2017.04.23 Sunday
  • 13:25

「うらまやしく思う」ってことは誰にでもおこる感情ですよね。

それが夢や目標になれば、成長や発展につながることもあります。

もちろんそのためには努力が必要になります。

 

もし、「うらやましさ」が「ねたみ」になってしまえば、何も生み出さないだけでなく失うものまで出てきます。

羨望という言葉があります。

「せんぼう」

と読みます。

うらやましくおもう。

比べることによって生まれる感情です。

 

心理学では良性の羨望と悪性の羨望という分け方をするそうです。

 

目標になるような「あこがれ」ならばいいのですが、そうでない場合もあります。

自分が持たないものを相手が持ってるとき、もしくは相手より自分が劣ってると思いこむときに起こる感情がヤバいのです。

 

地位や技術、業績、財産、などなど、自分よりも優れたものを持った他者が現れたときに、羨望の眼差しになりますよね。

 

それが私もほしい。

羨望が努力によって成長に繋がる場合もあります。

 

そうはならない場合があるんです。

相手だけが特別扱いされいて、自分にないのはおかしい。

相手がそれらのものを全て失うことだけを願う。

こうなればヤバい道まっしぐらです。

 

「他人の幸福が我慢できない」

 

こうなれば自己愛性パーソナリティー障害の可能性大です。

相手の立場を破壊するためによく使われる言葉が「平等」です。

もとめているのは自分が中心の特別扱いです。

 

今の自分を認めることができなく、わたしは本当はすごいんだ。特別なんだと思い込み、攻撃的になっていき社会性を失っていきます。

 

自分の業績や立場の誇張。

必要以上に背伸びをして、地位や立場、人間関係をアピールしたがる。

これだけしてやったんだという、相手に対する愛の押し売り。

自分が特別な存在であり、それを認めない周りをバカにしたり、軽視したりする。

まわりの人が自分を尊敬し愛することが当然だと思い、そうならない原因である自己中心的な行動を理解も反省もしようとしない。

自分が成功するために、まわりの人は利用するだけの存在であり、利用することが愛情だと思いこんでいる。

相手が苦しみ悲しみを見せたときには、自分が有利になったとしか感じられない。

他人を嫉妬することか日常的。

相手が自分に注意してきたら、自分の人間性を攻撃してきてると思い込む。

 

言葉だけはきれいな言葉を選んで自己主張しますから、なかなか表に出にくい障害です。

相手が自分のことをどう思ってるかということに過剰に敏感になり、自分のことが話題になっていると悪口を言ってるとしか思えなくなります。

 

現実のような空想で物事を言い出すことも多いです。

相手が悪で自分が正義の味方というアピールが半端ないです。

劣等感は相手のせいにしますから、ありもしない被害者妄想で自分を正当化します。

説明しだすときには、相手の悪いことを並べ立て、自分の不都合なことは隠し通します。

相手がやったら許せない行為も、自分がやることは問題にしません。問題にされたら他のもののせいにして正当化します。

嘘をついてでも自分を正当化します。

嘘と思ってないからヤバいんですけどね。

 

 

主語が相手になったり、自分がわからないほど広がったり、話がでかくなるのもこの障害の特徴です。

あなたのためって言葉が一番使われますが、世間が、一般的に、国民が、地球人が、なんて主語も使われやすいですね。

自分がありませんから自己反省なんてできません。

被害者妄想が激しい場合は罪の意識もありません。

言い訳は恐ろしいほど自分以外の者のせいにします。

 

世界平和や平等をいいながら、友達関係や家庭環境がグチャグチャだったり、

愛してると言いながら、すべてを束縛して独裁欲のはけ口にしかしない。

 

拒否されたり否定されたときには、自尊心が傷つけられたと思い込み攻撃的になります。

自分の価値観にあう行動を求めようとしてますし、その価値観も非現実的ですから無理なんですね。

コンプレックスがプライドになってますから、自尊心も崩れやすいんですけどね。

 

治療方法はあるようですが、まず自分が病気であると認めないと治療にもなりませんよね。

でも、病気を責任逃れの言い訳に使いだしたら、治療もクソもありませんがな。

 

比べることで幸せはおとずれません。

IMG_4189.JPG

 

JUGEMテーマ:人間関係

イチャモンと批判はちがいます

  • 2016.08.08 Monday
  • 09:16

個人でも団体でも似たようなもんなんですけど、相手の思想や行動を批判するときには、相手についてのある程度の知識が必要になります。

相手の説明に対して反論したときに、相手が言葉に詰まって答えられなくなるのならいいんですけど、開いた口がふさがらないぐらいあきれ返られたら恥ずかしいですよね。

あきれ返っているのに

「相手は言葉を失うほど動揺した」

なんて見え張ったって騙せるのは自分の心だけです。

誰も相手はしてくれません。

 

批判にも、できるものとできないものがあります。

できないものをできるかのように批判したってムリなものはむりなんです。

 

「もともとあったもの。」

 

歴史とか史実なんかの過去の出来事とか、通説なんかがこれにあたります。

過去のものなんですね。

過去は未来への反省材料にはなります。

でも、過去は変えることができません。

そのものの存在を否定するような真似をしても不可能なものは不可能なんですね。

1000年も2000年も前のことを現在まで引きずって、子孫のせいにして差別や戦争している方々なんて、まさにこれです。

 

「もうすぐ実行しそうなこと」

 

実行しそうなことは実行できてないんですね。

実行するかしないかを決定するのが今なんですね。

過去は反省の材料です。

過去の失敗を未来に繰り返さないために、現在を選択しないとダメなんですね。

先送りの連続で未来に託すなんて逃げ方が流行ってますが、ほっといて状況がよくなることはほとんどないです。

状況は悪くなるばかりですね。

 

「できそうもないのにできるかのようにしてしまう、想像でしかありえないこと。」

 

現状からよっぽど飛躍しないと実現しそうもないことを、未来に必ず実現するかのような屁理屈を言い、現状を破壊しようとする。

批判が目的の人って、感情的になることをごまかすためにこれをやりたがるんですよね。

自分たちの行動や、場合によっては共通する目的までなかったことにしてでも、過去や現在、未来までを否定して、批判だけをする。

どんなふうに飛躍したらそれが現実化するんだなんて質問は認めてくれません。

疑問を持つことを否定してきます。

素直になれとか、正しいものの邪魔をする気かとか、体制を恐れるものは去れとか。

事実からかけ離れた説明であっても、言論の自由という言葉で解決させてしまう荒業もあるみたいです。

 

この方々の論理は、正しいものを実現するためには正しくない行動は許されるそうです。

考えることの否定ですから、洗脳に近いですね。

できもしない理想を実現できるかのように説明しても、評論家には責任がないんですね。

でも、批判が心地よいと思う人が増えたら、立場がひっくり返ることもあるんですわ。

できもしない批判が、実現できるような立場になってしまったらさあ大変。

 

言い訳が待ってます。

発言自体をなかったようにしてしまう作業にいそしむか、

できないことを相手や過去のせいにしたり、最悪の現状をよっぽどましなものだと思わせるなどのテクニックが必要ですね。

 

自分の意見や希望を説明するときに、未来に対する不安をあおる人たちがこれをやりがちですね。

たいていが

「さもないと・・」

って言葉が入ります。

 

団体に埋もれて、自分がなくなってしまう人たちのことです。

我々は、一般的に、世間は、国民は、なんて主語でしゃべってますわ。

もはや願いじゃなく脅しなんですわ。

 

なにせ自分たちが一番正しくて、反論するものは敵であって悪なんですね。

自分にされたら鬼のように怒りだすくせに、他人には同じことが平気でできる人のことです。

 

こんなことが平気でできるのは正常ではないんですけど、ざらにいます。

人でもいますし、団体でもいますし、国でもあります。

相手には何をしてでも許されると信じてます。

 

 

 

大抵が自分にしか通用しない、正当化するための正義感か被害者意識を作ってますけどね。

そういう方々には反論しても精神的に大けがするだけです。近寄りたくないものですわ。

問題は頼んでもないのに向こうから近寄ってくる場合です。話す気もないんだ。こないでくれ。

 

 

JUGEMテーマ:人間関係

リスキーシフト

  • 2016.03.01 Tuesday
  • 00:11
後悔先に立たず。
とんでもないことになってしまってから反省しても手遅れなんですね。

とんでもないことになってしまう時って自分を見失っていることが多いんですね。
冷静な時に冷静に考えればそんな行動することがないのに、なぜにそんな行動をしてしまったのか。
そんなつもりはなかったなんて言い訳は、自分の心をごまかすぐらいにしかなりません。

リスキーシフトって社会心理学の言葉があります。
行動が悪いほうに悪いほうに向いていく状況には理由があるってんですね。
いつもならルールを守って社会性のある行動をとるような人が、集団の中では周りに流されたり意地を張ったりして、普段ならばやらないような行動をとることがあるってんですね。

相手のほうが正しいと理解しても、それを認めたら自分の立場がなくなる。
相手が苦しんでると理解しても、ここでやめたら相手になめられてしまう。
相手が危機的状況になっていると理解しても、ここでやめたら示しがつかない。
引くに引けなくなるって状況です。
どうなってもいいなんて思ってる時に起こした行動のことです。

とくに相手が自分より格下であると勘違いした相手、もしくはそう思いこみたい相手に対して起こりやすい状況です。

差別意識、犠牲者妄想、被害者妄想。
これらがリスキーシフトを起こしてしまいます。

わかりやすい言葉で言えば
あたりまえ。
してやってるのに。
なんで私だけこんな目にあわないといげないんや。
ってことです。


集団の中で人の目だけを気にして、自分を見失ったときに行動がリスキーなほうに行ってしまうってんですね。
怒り、嫉み、妬みに侵されたままで物事を決めた時にはたいていが悪いほうに向いてます。

怒りに任せて。
まわりの見る目を気にして。
自分が特別な存在だと思いながら。

こんな心で決断すれば、間違いなくリスキーな方向にむいてしまってます。
リスキーってのはまわりにとっても迷惑だけでなく、決断した本人にとってもリスキーなんです。

みんながやってたから。
そんなつもりはなかった。
わるぎはなかった。
なぜそんなことをしてしまったかわからない。

なにを言っても誤魔化せるのは自分の心だけです。

意識してるほど誰も見てないし、立場なんてないんですわ。
形がないんです。
でも、目の前で苦しんでいる人の命は間違いなくあるんです。

人は群れないと生きることができない動物です。
でも、群れは個の集まりなんです。
その個は一つ一つが大切な命なんですね。


 
JUGEMテーマ:人間関係

超自然現象って存在するの

  • 2016.01.03 Sunday
  • 00:38
世の中にはあるかないかよくわからんものがあります。
超能力、霊的現象、神話、逸話、言伝え、未確認飛行物体、 などなど、 現代の科学で証明されていないものです。

これらの事が、いる。
もしくはいない。
ある。ない。
そんなことは、書くつもりも、 否定するつもりもありません。

これらのモノはあるかないかも、証明されていません。
そんなことより怖いのは、 現代のトップ科学でも証明できないそれらのものを あたかも分かったかのように 説明する人たちがいることです。

ほんの一昔前は、 地震や台風、津波なども、 超自然現象でした。
しかし、それらのメカニズムは いま証明されて、自然現象となったのです。

あることの証明はなんとかなることもあります。
ないことの証明はかなり難しいです。
奇跡的に起こったような特殊例を上げて、それをさも普通にあるように言ってくるような人にどんなに理論的にないことを証明しても無駄になることが多いです。
自分の信じる現象を否定する、証明済みの事でもウソ扱いをするだけです。
話を大きくしてでも次から次から別の特殊例を上げてくるだけです。

証明されてないことをあると断言したがる人は、 思い込みの激しい人です。
論議を感情で返されたり同情論を押し込んでくればますます事実から遠ざかるだけです。
反論することだけが目的の方もいますしね。
そのような人の言葉に、耳を傾けないで下さい。
聞く耳のない人との論議はつかれるだけです。

夢は夢のままのほうが、 楽しいじゃないですか。

 
JUGEMテーマ:人間関係

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