だるまさんがころんだ

  • 2017.10.15 Sunday
  • 09:14

今年のノーベル物理学賞は想像通りの、重力波の初観測で決定でしたね。

アインシュタインの最後の宿題が解決したんですものね。

しかも不可能とされたブラックホールの直接観測、合体という宇宙大イベントまでもをとらえたという快挙までやり遂げたんですから、当然といえば当然でしたね。

一般相対性理論の最後の宿題は見事に果たされました。

 

 

残る物理学の壁、量子論のナゾも理論的には解決に近づいてきました。

目を離した途端に存在が不確かになるという、不確定性原理というナゾも解決するかもしれませぬ。

科学で全てのものがわかるわけではないという最高の事例、不確定性原理ってなんじゃいな。

時速三十キロで走り続けたら、二時間後には何キロ先にいるでしょう?

暗算でもできますね。

 

 

ところが原子の世界では電子の位置を確認したら、運動量がわかんなくなってしまうのです。
電子の位置を確認したら、止まって見えるのです。
止まってるものの速度はわかりません。
動いているはずなのに速度がわかんなくなってしまうのです。

 

 

 

速度を確認したら位置がわからんようになるのです。
場所はわかりませんが、こっからそこまでのどこかにあるってのはわかるってんですね。
つまりは場所によってのいる可能性の確率が、低いか高いかしかわからんってんですわ。

 

 

 

電子は動いているんですけど、観測した途端に止まるんですわ。
見た途端に動くのをやめるんですね。
だるまさんがころんだの達人なのです。

 

 

 

あきらめみたいな原理ですが
電子の運動量を測定すると場所がわからん。
場所を測定すると運動量がわからん。
もっとわかりやすく言うと、電子は正確に測定できないって話です。

 

 

 

それがハイゼンベルグの不等式。
εq ηp ≧ h/4π
位置の誤差やら運動量の乱れ、つまりは不確定が最初から式に入ってるから、わからんものはわからんってことを説明してるらしいですけど、よくわからんし。

 

 

 

とりあえずはこれが科学の限界・・・・

 

 

 

うんにゃ、

じつは位置と運動量を同時に確認できる不等式を提唱した方がいるのです。

 

 

 

εq ηp + σq ηp + σp εq ≧ h/4π
よくわからんけど、ハイゼンベルグよりなんか増えてるし。
もともとあった量子のゆらぎを式に増えたらしいですわ。
だからなんやねん。
だからすごいらしいです。

 

 

 

量子の世界で、位置と運動量を同時に捉えるなんてことは不可能とされてきたのです。
それを明らかにする不等式を提唱した方は中部地区に走る、ノーベル街道の太平洋側、名古屋大学におられます。

 

 

 

この不等式の名前は「小澤の不等式」
電子の位置と運動量を同時に確認できるという、量子論では不可能とされたことを可能にした、魔法の不等式なのです。
名古屋大学の数学者の小澤正直さんが2003年に提唱されていたのです。

 

 

 

理論物理学は世界中のイチャモンを乗り越えて、証明されて認められます。
それがクリアされればノーベル賞。
でも、理論物理学のノーベル賞受賞は、南部さんやヒッグスさんの例の通り、証明されるのもなかなか時間がかかります。
命尽きるまでに受賞してほしいものです。

 

 

 

 

 

 

今見ているものから目を離すと、そこには何もないかもしれませぬ。
二度見したとたんに、もとに戻っているので気付いてないだけなのです。
そんなことがありうるのが量子の世界なのです。

 

 

 

JUGEMテーマ:科学

名もなき池、モネの池

  • 2017.10.01 Sunday
  • 14:28

 

SNSでじわじわと有名になった名もなき池

 

1IMG_0216.jpg

 

岐阜県の関市の山奥の神社の前の無名の池。

 

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有料駐車場を避けて、無料駐車場に止めて

 

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なかなかの田舎やん

 

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あの神社です。

根道神社ですって。

 

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昼過ぎなのに

 

 

なかなかの人の数

 

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おおお、これが

 

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無名の池

 

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通称

 

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モネの池です。

 

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写真はカメラと技術が重要のようですが

 

IMG_0248.jpg

 

この池は、それなりの人が、それなりのカメラで、それなりの撮影をしても

 

IMG_0253.jpg

 

それなりの

 

 

写真になるという

 

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魔法の池なのです。

 

 

ちなみにこれはモネの池の絵です。

 

 

鯉のいる池で

 

 

この透明度は

 

 

異常ですね。

 

IMG_0263.jpg

 

でも、晴れていないと写真の美しさは半減しますね。

 

 

聞くところによると雪化粧の池が最高とのこと。

 

季節季節の顔があるらしいですわ。

うーん、見てみたい。

 

 

JUGEMテーマ:岐阜県の何でも情報

ソシオパス

  • 2017.09.24 Sunday
  • 12:32

めちゃめちゃ切れやすく、めちゃめちゃ嘘つきで、責任逃れが激しく、自意識過剰な方。

社会病質者のことです

後天的なパーソナル障害です。

立場に溺れたり、犠牲者意識に酔いしれると誰でも陥る可能性のある障害です。

 

嘘つき。

意識しなくても嘘をついてしまう。

ひどくなると嘘でしか答えられなくなる。
自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ込んでしまう。

しかもその嘘は自分の中では正当化されている嘘であり、罪の意識などない。

自分の中では本当のことでありバレることはないし、そのまま逃げ切れると思ってしまう。

 

共感しない。

傷つけてしまうかもしれないとか、苦しませてしまうかもしれないなどという感情を感じない。

人の痛みを理解できない。

相手にとって害になるようなことも平気でできる。

こうすれば相手が苦しみ悲しむであろうというような行為を選んで行うようになる。

 

エゴ

自意識過剰。自己中心。

自分のことしか話さなくなる。

自慢と被害者であることをアピールしたがる。

相手のことなどには全く興味がないし聞く耳もなくなる。

自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。

自分の思い通りにならなかったら、怒りだし攻撃的になる。

自分を無視したり、否定したりしたら、ヒステリーを起こし、相手を攻撃しだす。

 

特別

自分は特別な存在であり、どんなことをしても罰せられることはないと思い込む傾向がある。

話がでかくなる傾向があるから、騙される人も多くなる。

どんなに人が周りにいても信用することがないので、信頼する人は作れない。

かりに自分が間違ってるという立場に追い込まれると、自分が正しいのであり、周りや世間が自分を攻撃しようとしていると思い込む。

平気で自分の周りの人を裏切る。

裏切った人が自分との関係をなくすとは思ってない。

自分が裏切った相手なのに、他の人にはこれだけしてやったのに私が裏切られたとアピールする。

 

まわりの人間は利用できるかできないかだけの価値観でしか付き合えなくなる。

束縛し操作することが愛情だと思い込む。

自分の発言や行動を人のせいにする。

人だけでなく、世間、時代、血液型、占い、神や悪魔、どんなものを使ってでも責任逃れをする。

成功は自分の手柄としたがる。

 

自分の立場と名前をアピールすることに固執する。

 

自分が正しい存在、正義の味方と思ってる人のことですわ。

 

立場がしっかりしている人なんかも注意です。

先生って呼ばれる仕事についてる人は、自己反省をおろそかにするとヤバい事になるかもしれません。

政治家、教師、宗教者、警察官、法律家なんて仕事の方は、自己確認はいつも必要ですものね。

 

 

自己分析は難しいです。

世界一正しい正義の味方では確認できません。

身近な人に確認してもらってください。

 

1. 日常的に法を犯す、または法を軽視している
2. つねに嘘をつき、他者を騙そうとする
3. 衝動的で計画性がない
4. けんか腰で攻撃的
5. 他者の安全性についてほとんど考慮しない
6. 無責任で、金銭的にルーズ
7. 良心の呵責や罪悪感がない

 

この中の3つが当てはまったらヤバイです。

自覚を持てれば治療は可能です。

でも、ハードルは高いです。

世界一正しい正義の味方に、自覚を持たすことが限りなく難しいんですわ。

 

 

JUGEMテーマ:人間関係

神ってなあに2

  • 2017.09.19 Tuesday
  • 15:36

春秋戦国時代

人を人とも思わず、騙し、裏切り、戦いあい、覇権を争った時代。

そんなときに、人と人との付き合い、主君と部下、主国と属国、人間関係のルール作りを考え、正常な平和を求めようとして儒教のような考え方が生まれたのは正常な願いですね。

 

 

インドの雨季と乾季がはっきりした、今日話しをしていた隣の人が次の日に病気にかかって死んだり、さっき遊んでいた人がトラやコブラにやられて死んでしまう。

生まれてきても、その命があっけなくなくなってしまうことが日常の風景である、過酷な自然環境。

そんななかで生きるってどういうことだ。死んだらどうなるんだ。

生きる目的を求めて、仏教のような考え方が生まれたのも正常な願いですね。

 

 

日本のように温かい春があり、暑い夏があり、収穫の秋、凍える冬がある。

海に近づけば海の自然。

山に行けは山の自然。

谷が違うだけで冬の雪の降り方や、夏の太陽の当たり方が違う。

地域地域で自然環境がいくつもあるところでは、自然の予兆もいくつもあります。

八百万神が生まれるのも、正常な願いですね。

自然環境が豊富なところでは多神教は正常なことです。

 

 

シリア高原のど真ん中、砂漠と星しかない。

雨もないに等しく、部族同士の闘い略奪の生活。

砂漠が嵐で荒れ出せば身を守るものは全て吹き飛ばされる。

過酷な環境のなか、夜になれば見渡す限り毎日変わらない星空。

この世を作った神は一人しかいないと考えるのは正常な願いですね。

 

生活の中に教えは生まれます。

それは押し付けられるものではありません。

自分の人生の主人公は自分だけなのです。

教えは人の言葉として伝わってきます。

「信」

は人べんに言なんです。

神を信じてるのではなく、

あなたが信じた人の言葉

「神がいます」

という言葉を信じてるんです。

 

信じる前に疑ってください。

疑って、疑って、疑いきっても疑えない言葉を、自分の言葉としてください。

 

 

信じなさいという言葉が、疑うことをやめなさいという意味であるならば、自分の言葉にはなりませんし、疑えないそのものに、自分の人生の主人公を明け渡してしまうことでしょう。

 

 

 

あなたの人生の主人公はあなたなんです。

 

JUGEMテーマ:宗教

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